« ジュンク堂は店員のセンスを問わない。 | トップページ | 帯広という街 »

2008年11月24日 (月)

Taro

ここ最近冬らしいさむーい日がつづきましたが、本日は雲ひとつない晴天!
三連休の真ん中、皆様いかがお過ごしでしょう。

今日は、岡本太郎さんの「明日の神話」の壁画が先日移設されたので、おでかけがてらふらりと見に行ってきました。

Ts3i0204


画像等ではみていましたが、実際みると、やっぱり、すごい。
時代を越えて、そして国を越えて、再生された作品。

近くでみてみると、きれいに補修されているものの、バラバラのピースを接ぎ合わせて、作品が再生されたというのがありありとわかります。

岡本太郎さんは、芸術性うんぬん、好みうんぬんは別として、
すごくパワーのある作品をつくっていて、人として、生き方として、尊敬する方の一人です。

正直、氏のつくるものは、日々の生活に「必ず」あって欲しい、という性質のものではないのですが、そして、私の好きな方向性ではなかったりするのですが。

見ると圧倒されて、感情や、創造力その他のものが増幅されるのです。

きれいで、繊細で、儚いもの、そういったものが好きで、その反面、私は心をぎゅうっとされるような、なんというかみていて少しつらい、激しい感情のものにもどうしても惹かれてしまいます。

激しいものの中には、切なさもあって、儚さもあって。

そういうものを作り手が創造し、私はその作品をみて、作り手の気持ちを想像して、思いをはせるのです。


渋谷の駅がある限り、壁画はあの人通りの多いあの場所に、あり続けます。

毎日の通勤や通学、知ってる人も知らない人もあの場所を通って日常の一部に自然になっていく。

たとえば「美術館に、展示を見に行く」とかの目的ありきではなくて、日常の風景の中にある、なんとなくの中に生き続けるのってすごくいいなあって思います。

作品の性質にもよるんでしょうが、この壁画は、日常の中にあってしかるべき。

美術館の中にある、「芸術作品」にならなくて、よかったと思います。

壁画のある通路を人が通るときに、興味がある人は立ち止まるでしょう。
何にも知らない誰かさんは、あの壁画をみて、異様さを感じて、これは何だ!!ってなって、氏に興味をもつことになったり、気持ちわるいって思ったり、まったく興味もなく素通りしたり。
この作品がここにあることで、作品の前でいろんな気持ちが交錯するのね、と思うとすごく面白い。


おもしろいなあ


aya

« ジュンク堂は店員のセンスを問わない。 | トップページ | 帯広という街 »

リレーエッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1101142/25604007

この記事へのトラックバック一覧です: Taro:

« ジュンク堂は店員のセンスを問わない。 | トップページ | 帯広という街 »